「子どもへのまなざし」を読む 28 - かわいがり子育て

かわいがり子育て ホーム »  » 「子どもへのまなざし」を読む » 「子どもへのまなざし」を読む 28

「子どもへのまなざし」を読む 28

乳児期に人を信頼できると子どもは順調に育つ』 (続き)
 エリクソンによる乳児期発達課題
 エリクソンは、健全な発達や成熟のための要件を総合して「クライシス
」という言葉でよんでいます。クライシスというのは、翻訳すれば危機な
いし危機的な状態ということです。人間のライフサイクルのそれぞれの時
期にのりこえなければならない私たち日本人的な感覚でいえば、「達成
しなければならない危機的な問題があると、こういうふうにエリクソン
はいっているわけです。ライフサイクルにおけるそれぞれの段階には、こ
ういうことが達成されなければ、人間が健康に育つための、危機的な問題
が生じるということをいっています。日本語的にいいますと、育児課題、
発達課題、教育課題というふうに、課題という言葉で考えるほうが、理解
しやすいかもしれません

 エリクソンの発達論の基本、人間の発達段階(ライフサイクル)に応じて乗り越えなければならない課題があるという考え方から構成されているという確認です。

 人間はそれぞれの発達や成長の段階で、周囲の人や社会的環境から、年
齢や発育相応のことをあれこれ要求され、それらの要請にこたえようとし
て、心理的な努力をします。人間はだれもが、それぞれの発達の過程や段
階で、周囲からの要求に自分を適応させるために、のりこえたり解決をせ
まられたりする問題に、つぎつぎと直面しま。そのときどきで、私たち
がどのような態度をとるかは、それまでに習得した運動能力や、知的能力、
情緒的、社会的な技能や機能を、どのように応用することができるかとい
うことで決まります
 そのような適応を求められたとき、知的能力や運動能力だけではどうに
もならないことを、不登校、家庭内暴力、樹録晨、暴走などの状態を示す
子どもや若者たちの例で、私たちはもう十分に教えられてきました。秀才
でスポーツ万能であった少年が、思春期以後、不登校になり洲しい家庭内
暴力を示すようになった結果、両親に殺害されるといったいたましい事例
を私たちは知っています。拒食症の少女が、まじめな優等生タイプで、親
や周囲の期待に一生懸命にこたえようとする子であった、ということもよ
くあることです。
 エリクソンは、周囲の人や社会がらの要請と、個人がそれに適応してい
こうとする、心理的努力との間に生じるストレスや緊張を、「心理的社会
的危機とよびました
 人間一人ひとりの発達や成熟は、この危機や危機的課題をひとつずつの
りこえていく行程を意味するのです。しかし、それはライフサイクルのそ
れぞれの段階で、それ以前に習得し、達成した機能を駆使しなければ、危
機的状態(クライシス)をのりこえていくことはできませんですから、ひ
とつの発達や発達段階への到達が、つぎの発達を準備していることになる
のです

 ライフサイクルごとに乗り越えるべき課題は、その前の発達段階での課題が乗り越えられていなければ乗り越えられないということです。

 しかもその場合、運動能力や知的能力の発達は、だれの目にもみえやす
いのですが、人間の人間たるゆえんともいえる、高度のコミュニケーショ
ン機能のもととなる社会性や情緒性の発達は、今日の多くの家庭や学校に
おける育児、しつけ、教育のなかでは往々にしてみのがされたり、無視さ
れたりしているのです。そのことをエリクソンの研究は、あらためて私た
ちに教えてくれているのです。
 それでは、どういうことが乳児期の育児課題なのでしょうか。人間が生
涯を健全に、健康に育ち機能するために、スタートとしての乳児期に、ど
ういうことが育児上のテーマとして、たいせつなことなのかということで
す。それはひとことでいうと人を信頼することができるように育てる
ということです。エリクソンは基本的信頼」、「ベーシック・トラス
という表現をしました。「人を信頼する感性や感覚は、乳児期にもっ
とも豊かに育つ」、こういっているのです。豊かな生涯を送るために、人
生のスタートでもっともたいせつに育てられなければならないことは、人
を信頼することなのです。

 今日のテーマである乳児期発達課題が明確にされました。「豊かな生涯を送るために、人

生のスタートでもっともたいせつに育てられなければならないことは、人にたいする信頼感を育てること」です。しかし、これが実に難しい課題でもあるのです。子どもの相談にかかわる仕事をやってきて、実感せざるを得ないのです。

 現実には、10人いれば10とおり、100人いれば100乳児期にと
おり、人にたいする信頼感の強い人と弱い人がいるのです。裏側からみ
すと、不信感の強い人からそうでない人まで、いろんな人がいるという
とです。基本的信頼と不信の感情には、個人差があります。100人の
の血圧をはかれば100人100とおり、視力も身長も体重もみんな、
100人100とおりあるように、このような個人差は、確かにもって生
まれた、ある種の遺伝体質や素質のようなところもあるでしょう。けれど
も、それより、乳児期にどのように育てられたかということが、はるかに
大きな意味をもと思います。
 どうしたら人を信頼できるようになるか、それはエリクソンはこのよう
にいっていと思います。それは赤ちゃんの側からみますと、自分の望ん
だことを、望んだとおりに十分にしてもらうことであります。ですから、
乳児期の理想的な育児があるとしたら、理想というのは現実には不可能な
ことではありますが、理想的な育児があるとしたら、親は赤ちゃんが望ん
でいることを、望んでいるとおり、全部そのとおりにしてあげるというこ
です。そのことが、子どもが人を信頼できるようになる、第一歩だと思
うのです。
 赤ちゃんが望んでいることならば、なにをどれだけしてやっても、やり
すぎということはありません。ですから、乳児期の育児には過保護という
ことはないと思います。
 先日もわかいお母さんたちと子育てについてのともに考えようと学習会をやりましたが、過保護がいかに難しいかをお互いに実感せざるを得ませんでした。でも、そのことを忘れずに子育てをしていきましょうとお話ししました。赤ちゃんが望んでいることを、そのとおりしてあげることの意味が次の節ではっきりするでしょうか。では、また。お付き合いありがとうございます。
関連記事
コメント
非公開コメント