「子どもへのまなざし」を読む 30 - かわいがり子育て

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「子どもへのまなざし」を読む 30

乳児期に人を信頼できると子どもは順調に育つ』 (続き)

 乳児は自分ではなにもできない
 よく考えてみますと、乳児は自分の要求をなにひとつ、自分でかなえる
ことはできないのです。おむつがぬれて気持ちが悪くても、おむつを取り
替えることはできませんし、空腹であってもおっぱいを飲むことはできな
い、あつくるしくても部屋の温度を調整することもできなければ、洋服ひ
とつぬぐこともできない、自分ではなにもできないのです。退屈でも、そ
の退屈さを自分でまざらすことはできない、さびしくても、そのさびしさ
を自分でいやすことができない、みんな人の手を借りなければならない
です。
 私たち養育者は、そのことを十分に知っていなければならないと思うの
です。ですから、乳児が自分でできる努力というのは、泣くことだけだ
いうことがわかります。泣くことで親をはじめ、まわりの人に自分の希望
を伝えるわけです。その伝えた希望が望んだとおりに、かなえられればか
なえられるほど相手を信じるしその相手の人をとおして多くの人を信じ
るしそれよりなにより自分自身を信じるし、自分が住んでいる環境、地
球、世界を信じることができるのです。人を信じることと自分や世界を信
じることとは、このようにおなじことなのです。
 自分ではなにもできない乳児が、どのように基本的信頼感を獲得するのかというエリクソンの発達論の核心を示す部分だと思います。
 泣くことしかできない乳児が、泣くことで周囲の人たちが応えてくれることを体験することをとおして、人を信ずることを学び、基本的信頼感と自己肯定感を身につけていくのですね。
 ですから、子どもには、自分で希望をもてば、そして努力をすれば、そ
れらのことは多く実現するものなのですよ、ということを教えてあげるこ
とがだいじなのです。なにごともまず、望んで、そして努力をすれば、い
ろんなものが得られるのですよということを教えることなのです。このよ
うに、育児の最初の時期、乳児期のたいせつさを、エリクソンは教えてく
れているように思います。
 くり返して申しますが、子どもが望めばというのは、望んで努力をすれ
ばということなのです。赤ちゃんは泣くことが努力なのですから、三日ぐ
らいであきらめてしまう子どものほうが、ずっと心配なのです。早く忍耐
が身についたのではないのです。泣き続ける子どものほうが努力家なので
す。努力家というのはちょっと変ですが、でも努力をする素質があるとい
うことなのです。よく泣いて手をかけさせる赤ちゃんのことを、育てにく
い子だなんて思ってはいけないのです。このことはとてもだいじなところ
です。
 ですから、赤ちゃんがお母さんにだかれて、おっぱいを飲んでいるとき
などは、やすらいで十分幸福でいられることが、本当にたいせつなことな
のです。毎日できるだけ多くの時間を、赤ちゃんの求めにおうじて、そう
なるように、できるだけの配慮をしてあげることがたいせつなのです。育
児をする人のペースに合わせようとしたり、自分が安心を得るために、む
りやり飲ませようとしたりすれば、赤ちゃんにとっては授乳されることが
苦痛になります。そして、そのような育児は、エリクソンのいう基本的信
頼感を育てるためにはマイナスのことになります。
 離乳食を強制するのも、おなじことです。これだけ食べればいいという、
親のかってな既成概念をもって、むりにおしつけようとすると、子どもに
とって食事は楽しい時間ではなく、訓練の時間になってしまいます。訓練
の時間なんて不愉快ですね。わずかの時間ですませたい気持ちになるでし
ょう。楽しくやすらいだ気持ちで、食事をすることがたいせつなのですね。
 子どもにとって自分が本当に愛され、たいせつにされていることが、実
感できるように育ててあげることが、まずもって非常に重要なことです。
 この本「子どもへのまなざし」を読み進んできましたが、まだ半分もきていません。この後、どのようなお話を佐々木先生がしてくださるかはこれからの楽しみですが、私は今日のところがこの本の中核に当たるのかなと思います。赤の太字でかってに強調しました。出産を控えた妊婦さんに、いろいろな機会にかかわることの多い保健師さんから、乳児期の子育ての大切さをじっくりと、しっかりと伝えていただくようお願いしたいと思います。今日もお付き合いありがとうございます。
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