「子どもへのまなざし」を読む 31 - かわいがり子育て

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「子どもへのまなざし」を読む 31

乳児期に人を信頼できると子どもは順調に育つ』 (続き)

 お母さんを信頼できる子どもは人を信頼する
 このように、ほとんどすべてのことにかんして、乳児期は子どもの要求
を可能なかぎり、要求どおりに聞きいれてあげることが、子どもが豊かに
人を信頼し、そして自分を信じていける子になるための前提なのです。で
すから、すこし別の観点からみますと、人を信頼する力と自分を信頼する
力というのは、おなどものだということがわると思います。ほかの人は信
頼できないけれども、自分には自信のある子なんていうのは、世の中にい
ないということだと思います。

 乳児期に子どもの伝える要求をどれだけ要求どおりに聞き入れられるかによって、自分が本当に愛され、たいせつにされていることが、実感できるかをきめることになるし、人を信頼し自分を信頼する力を育てられることを、繰り返し繰り返し佐々木先生は延べられます。

 次項でその結果が明らかにわかりますね。

 人見知りの時期をすざますと、お母さんに安心している子どもほど、手
さしのベたまわりの人たちのところに、やってきやすいということがあ
ります。八か月不安という乳児期の人見知りの強い時期は別ですが、それ
がすぎたあとは、母親にたいする安心感、あるいは父親、祖父母、そのほ
かの保育者などに準じた人にたいする安心感を、基本的な尺度にしてまわ
りの人をみるのです。そして、その尺度によって人にたいする信頼感や、
自分が育てられ生きている世界にたいする安心感をもつのです。その安心
感や信頼感の大きい子どもが、それだけ自分にたいする信頼感ももってい
るのです。
 ですから、親が子どもの泣き声や要求に、いらだちながら育児をしたり、
極端な場合には、虐待にちかい乱暴なあつかいをしながら育てている母親
子どもは、人にたいするおそれや不信感が大きいので、他人のさしだす
手のなかには、けっしてこようとはしないものです。
 親は手のかからない子、かけさせない子がいい子と思ってしまいますが、
それは本当はまちがいなのです。それはただそのとき、育てやすい子であ
たというだけで、そのほかのことはなにも意味していないのです。
 いくら泣いても、親が気がつかなかったり、面倒がったりすると、子ど
は泣いてうったえなくなります。忍耐づよい、がまんづよい子になるか
というと、そうではありません。泣いたって、さけんだってだめなんだと
いう、お母さんにたいするある種の不信感と、自分自身にたいする無力感
をもって、おとなしい子になっているだけのです。ちっとも順調な発達
ではないのです。
 親に手をかけさせる子どものほうが、いい子だと思うのです。そうした
は、親や保育者が愛情をかけてやる機会が多いということですから、長
い目でみれば、本当は育てやすい子なのです。小さいときに親を楽させて
くれる子が、いい子だと思うのは思いちがいなのです。
 親はライフサイクルのどこかの時期で、いちどは思いきり子どもに、心
手をかけなくてはならないのです。子どものだすサインを正確に読み取
ってやれば、子どもは順調にのびていきます。そして、小さいときに手を
かければかけるほど、早くから順調に育っていくものです。

 いわゆる人見知りの時期を過ぎた子どもが、手をさしだすまわりの人のところにやってきやすいかどうかで自分が生きている世界にたいする安心感のバロメーターの一つになるののです。

 お母さん、小さいときに手をかけられるだけ手をかけてあげてください。声を大にして、心からお願いします。

 私が、この本の中核ではないかという感想を強く持ちました『乳児期に人を信頼できると子どもは順調に育つ』の章はここまでです。お付き合いありがとうございます。

子どもへのまなざし [ 佐々木正美 ]

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