「子どもへのまなざし」を読む 62 - かわいがり子育て

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「子どもへのまなざし」を読む 62

『子ども同士の遊びのなかで生まれるもの』 (続き)
 子どもたちの電車ごっこ遊び
 ヴィゴツキーの研究書のその部分を私なりにまとめてご紹介します。
 子どもたちがある町の郊外で、十数人集まって遊んでいた。いちばん大
きな子でも、もうすぐ学校という年齢で、学校へ入っている子はまだだれ
もいなかった。学齢の子どもたちはちょうど学校のある時間なので、みん
な学校へいっている。やがて帰ってきて、みんなの遊びに合流するかもし
れないけれども、いまはまだ学校に入る前の子どもたちだけで遊んでいた
 綱で輪をつくって電車ごっこをしようということになった、これは世界
共通の遊びですね。ヴィゴツキーの共同研究者たちが、子どもの遊びを遠
まきに観察してみていますと、そのなかの、仮にAと彼らが名づけた子ど
もが、「僕が運転手をやる」といった。みんなが一瞬、A君のほうをみた
けれども、A君が運転手になることを納得して承認した。A君はどうもリ
ーダー格の子どものようで、みているとみんなから、一目も二目もおかれ
ている存在にみえたそうです。それで、A君が運転手をやることはすぐに
決まったというわけです。
 そうしましたら、すぐにこんどはBという子が、「それなら僕が車掌を
やる」といった。またみんなが、B君のほうをいっせいにみた。ところが、
こんどはCという子が、「僕も車掌をやりたい」といったというのです。
 A君のときにはだれも対抗馬がでなかった、競争相手がでなかったけれ
ども、B君が車掌をやりたいといったときには、Cという子どもが僕も車
掌をやりたいといった。そうしたら、Dという子までも、みんなをみなが
ら、「僕も車掌をやりたい」と名乗りでたというわけです。A君のときと
ちがって競争相手がでてきた、BとCとDと三人で車掌をきそいあった
うです。
 だれがいちばん適任かということで、すこし子どもたちのなかで議論に
なったようだった。すぐちかくで大人の研究者たちが観察しているのが、
子どもたちに気づかれますと、子どもの自然な遊びが不自然になってしま
います。それで、子どもたちに気づかれないように遠くのほうで、大人た
ちは立ち話をしているようなそぶりで、聞き耳をたてながら観察していた
そうです。
「だれがいい、あの子がいい」などと議論をしているようだったけれども、
結局、決まりそうもなかった。すると、なかのだれかが、くじを引いたら
いい、というようなことをいったようだった。それがいいということにな
って、くじをつくった。そうして二人でくじを引いたら、最初に車掌をや
るといったB君がくじを引き当てて、それでA君が運転手になり、B君が
車掌になることが決まったのです。
 するとこんどは、Cという子が、「それなら僕は駅長をやってもいいか」
とみんなに聞いた。それでいいということになったのだけれど、最初に運
転手をやるといったA君が、やや不服そうな表情をして、「みんなに聞く
けど、運転手と駅長はいったいどっちがえらいと思う」と、こう聞いたと
いうわけです。子どもたちは口ぐちに、それぞれが「運転手がえらい」と
か、「駅長がえらい」とか、僕はこう思うとかと言い合っているようだっ
た。なかには、明らかにA君にこびを売るように、「そりゃ運転手のほう
が、えらいに決まっている」という子もいたそうです。
 子どもたちは、それぞれ自分のおかれた状況で、どういう立場をとるか、
どういう発言をするかによって、自分がどういう位置を得るか、いってみ
れば、自分の分というものを集団のなかでわきまえ、心得、判断して、そ
れぞれがいろんなことをいっていました。
 A君が運転手といったときには、だれも対抗馬がでなかった。B君が車
掌になりたいといったときには、C君とD君が対抗馬になったけれども、
それ以外の子が車掌になりたいとはいわなかった。そしていろんな問題が
でてきたときに、こんどはくじを引いたほうがいいといった子もいた。運
転手と駅長ではどっちがえらいかという議論になったときに、僕はこう思
う、ああ思うと、自由にいう子もいたし、A君を応援する子もいた。それ
ぞれいろんな子がいたというわけです。
 さらにみていたら、運転手にも車掌にも駅長にもなれなかったD君が、
僕はつまらないからお家に帰るといったそうです。そうしたら、みん
なで電車ごっこしようと雰囲気がもりあがっていたのに、騒然となって、
一瞬、気勢をそがれたような、なんともしらけた雰囲気になって、子ども
たちは一生懸命、D君を引き止めにかかった。「家に帰るのよそうよ、遊
ぼう、遊ぼう」と引き止めた。一生懸命みんなが引き止めていたのですが、
とうとうD君はみんなの制止をりきって、家へ走って帰ってしまったのだ
そうです。
 そうしたら、いっそうその場の雰囲気は沈滞して、なにか急に腰を計ら
れたような、しらけたような雰囲気になって、すぐに電車ごっこがはじま
ろうとしないような、なんともいやな気持ちになってしまったというわけ
です。研究者たちには、そういうふうにみえたということです。
 そうしたらたまりかねたように、しばらくしてある子どもが、「Dちゃ
んをやっぱりむかえにいこう」といったのです。「そうだ、そうだ」と同
調する子も何人かいた。ところが、「そんなことしたってむだだ」、あん
なに一生懸命みんなが引き止めたのに残らなかった子が、「みんなでよび
にいったってくるはずないよ」と、よびにいってもだめだという子がいた。
「それもそうだ」という子もいた。それじゃ、どうしようということにな
ったそうです。
 けれども、おもしろいことには、D君がいなくたっていいから、電車ご
っこをはじめようという雰囲気には、どうしてもならなかったというわけ
です。どうしようかというような、手づまりな、気づまりな雰囲気が、そ
の場を支配したようでした。
 ところが、そう時間がたたないうちに、帰ったはずのD君が、こんどは
にこにこして、向こうから大声をはりあげながら、走ってやってくるのが
みえた。それをみて、みんなはほっとしたようだった。ああよかったとい
うような雰囲気が、その場にみなぎったそうです。その町の子どもたちの
日常の様子が、なんとなくわかるようですね。
 D君はちかづいてくるなり、紙袋をみせびらかすようにみんなにみせて、
「僕はこのなかにお母さんがつくってくれたクッキーを、いっぱいもって
いるんだ。だから、僕はレストランをやるんだ」と、こういったというの
です。そして、続けて運転手や車掌や駅長さんは仕事があるから、レス
トランなんかにきちゃだめだ」と、こういったというのです。そうしたら、
こんどは、また大さわぎになって、「それはずるい」とか、「そんなこと
ない」とか、わいわい、がやがや、たいへんエキサイティングな状況にな
ったそうです。
 ところが、子どもたちのなかで、だれかがぼつんと、「運転手だって車
掌だって駅長だって、非番のときには、レストランにいってもいいんだ
と、こういったというのです。もっともらしいことをいう子がいるもので
すね。「そうだ」ということになったけれども、非番のときにはかわりの
運転手が必要だ、車掌が必要だ、駅長も必要だということになって、それ
でかわりの運転手をつくり、車掌をつくり、駅長をつくったそうです。
 これで大丈夫だ、これで電車ごっこがはじまりそうだとヴィゴツキーの
共同研究者たちは思ったのですが、すぐにはじまらない。なんとなく変だ
と思ってみていたら、子どもたちはなにかに気がついたそうです。うっか
り電車なんかにのってられない、電車なんかにのってひとまわりしている
うちに、残った乗客がレストランに殺到しちゃったらたいへんだというふ
うに、明らかに子どもたちみんなが思っているようでした。それで電車を
走らそうとしないし、のろうともしない、なんとなくもじもじしておかし
い様子だったそうです。
 そうこうするうちに、たまりかねたようにある子どもが、「クッキーを
配給にしてくれ」と、こういったというのです。そして「それがいい」と
いうことになった。当時のソビエトの子どもたちには、配給というのは、
ある意味では日常的なことで、だれもが知っていることかもしれませんね。
日本の子どもたちには、きっとわからないことです。それは別にたいした
知恵ではなくて、日常的なことなのでしょう。
 それで、配給を公平にするために、ひとりにいくつ、いきわたるか数え
なくてはいけない。ところが、子どもたちは学校へまだ入ってないので算
数ができない、まして割り算なんかできないのです。すると、ちょっと知
恵のありそうな子どもがひとりでてきて「みんなここに並べ」といった。
子どもたちを目の前に並べてクッキーを袋からだして、これは何ちゃんの
分、何ちゃんの分」というふうに、顔をみながら、ひとつずつ並んだ順に
クッキーを合わせていくわけです。
 そうしたら、お母さんの手づくりの、本当に小さなクッキーがふたまわ
りして、ほんのすこし、あまりそうだということがわかった。ということ
は、ひとりに二個は確実にもらえるということが、子どもたちにもわかる
わけですね。また、いくつかあまるということもわかった。クッキーがい
くつかあまるのを一生懸命みて、そのことを気にしている子がいるのでし
ょう。すると、A君が、「あまったクッキーは、小さい子から順番にもら
えばいい」と、こういったというのです。ここらあたりが、リーダーたる
資質があるゆえんですね。こういわれちゃうとジャンケンでもらおうなん
て、いえなくなってしまうわけです。このあたりが知恵者であり、リーダ
ー格になる素質かもしれません。ぽっと、こういう考えがでるわけです。
そして、A君のいうとおりにしようということになったそうです。
 それで、いよいよ電車ごっこがはじまろうとした。配給チケットの紙を
みんなに二枚ずつくばって、そのチケットをもっていけば、レストランで
一枚で一個クッキーがもらえる。だから、電車にのっていようとなにして
いようと、配給ですから、このチケットをもっている間は、自分のクッキ
ーは確保されるわけです。それで子どもたち安心して電車にのろうとした。
 ところが、そこでもうひとつ、おもしろいことがおきたのです。乗客を
演じるそのほかのおおぜいの子どもたちは、だれひとりとして、子どもの
ままで乗客になろうとはしなかった最初の子どもは、「僕は宇宙飛行士
」とさけんだ、それはどういうことを意味するのかというと、僕はいつ
もは宇宙飛行士なんだけれども、きょうは非番なので電車にのるのだと、
こういうわけです。
 そうしたら、子どもたちは口ぐちに、「消防士だ」とか、「動物園の園
長さんだとか、ひとりずつさけびはじめて、自分はどういう身分の人間
なのだということを、仲間に承認を得たというわけです。なかには、「
は僕のお父さんだぞ」といった子がいた。これは親が聞いたら泣いて喜ぶ
でしょうね。ようするに、子どもは大きくなったらどんな大人になりたい
か、ということをいっているわけです。ですから、子どもが「宇宙飛行士
だ」なんていっているより、「僕のお父さんだ」といってくれたほうが、
親からみれば親冥利につきることですね。子どもたちはみんな、口ぐちに、
自分は将来どういう大人になりたいか、そういうこどを宣言し合っている
ことなのですね。そして、やっと電車が走りはじめたそうです。
 ここまでの遊びの様子は、ヴィゴツキーの共同研究者たちが、淡々とあ
りのままを、じつにみごとに描写しているのです。そしてその後も、こう
いう子どもの遊びの情景をたくさん観察して、記録にとって、そして分析
しているのです。
 これほどみごとな遊びは、現在の日本の子どもたちはおそらくできない
と思います。しかも、学校へ入っている子はだれもいない。ヴィゴツキー
たちも報告していますが、この子たちは、この遊びの知恵を子どもたちだ
けで考えだしたのではなくて、年上の子どもたちと日ごろ遊ぶことによっ
て、教えられている部分もいっぱいあるといっています。幼児期の子ども、
学齢前の子どもたちの知恵だけで、これだけ遊べるとは思えないのです。
やがて、彼らのお兄さん、お姉さんが学校から帰ってきて、合流して遊ん
で、こんどはより高度な遊びを教えられていくのだろうということをいっ
ています日ごろから年上の子どもたちと遊んでいると、学校へいく前の
いろんな年齢の子どもたちだけが集まっても、これだけの遊びができる
だということです。
 わが国でも三、四十年前までは、さまざまな年齢の子どもたちが、原っ
ぱや路地などでいっしょに遊んでいた光景を思い出します。きっとそのこ
ろは、子ども同士で遊びのルールをつくりながら、わいわい、がやがや、
遊んでいたと思うのです。しかし、現代はすっかり変わってしまいました
から、こんな遊び方はできないでしょうねそういう練習が小さいころか
らできていないから、小学校へ入っても、友達はできにくいし、ルールを
守り合う人間関係もできないし、ということにもなるのではないでしょう
か。
 子どもにとってたいせつなことは、勉強の前に、友達と遊ぶことが十分
にできるようになっていなければ、結局、社会人になっていけないという
ことです。このことを大人はよく認識しないといけないことなのです。
 この章の最後の節でした。かなりの長文ですが、子ども同士の遊びの持つ意味を解き明かしてくれています。長時間のお付き合いありがとうございます。新しい章に入ります。
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