「完 子どもへのまなざし」を読む 16 - かわいがり子育て

かわいがり子育て ホーム »  » 「完 子どもへのまなざし」を読む » 「完 子どもへのまなざし」を読む 16

「完 子どもへのまなざし」を読む 16

二 人間関係の発達と課題 (続き)
妊娠中から育児がはじまっている
 私は横浜市の小児療育相談センターに二〇年以上勤めておりました。そ
のころ、はじめて妊娠した若いご夫婦のための勉強会にお話に行ったこと
があります。
 妊娠中はご自分の体の健康だけではなくて、心の健康にも気をつけなけ
ればならないこと赤ちゃんへの思いをいつも自分のなかにしっかりもっ
あなたが生まれることを、二人で心待ちにしているという気持ちで、
日々生きることがどんなに大切かということ。そして、赤ちゃんが生まれ
てからも、一年から三年くらいのあいだを、よくぞ生まれてくれたという
気持ちで育てれば、子どもはその後ずっとすこやかに育ちますよ、という
ようなことをお話してまいりました
 けれど、もしお母さんが赤ちゃんといるときに、あなたと一緒にいるこ
とがストレスです、負担ですと感じながら育児をしたら、当然、赤ちゃ
んのほうも、お母さんと一緒にいることに苦痛を感じることでしょう。エ
リクソンがいう「基本的信頼、子どもたちが最初に自分のなかに取り
入れる時期に自分を大切にしてくれる人に出会わなかったら、人を信じ
ることができませんこのことを踏みはずしたら、あとで修正するのは、
どれくらい大変かということは、児童、青年期の精神医学をやっている者
にとっては、いやというほどの事例があるのです。
 そのようなことを、各地の小さな勉強会などでお話してまいりました。
それから一〇年ほどたったころ、「妊婦教室にいた者です。あのとき、先
生のお話を聞いていなかったら、どうなっていただろうと思うことがあり
ます。あの話を聞いておいて本当によかったです。いま、こうやって幸福
でいます」と、勉強会にいらしていた何人かのお母さんから、続けてお手
紙をいただいたことがあります。すぐには、勉強会でお話したことは思い
出せませんでしたから、なんのことだろうとびっくりいたしました。
 全国各地の妊婦教室で、ぜひとも、こういうお話をしていただきたいと、心から願います。あるいは、もっと、もっと早く、小学生くらいの頃から、こういう大切なことをキチンと伝えていく仕組みを作る必要があると痛感します。
 東京女子医科大学の小児科の先生たちからも、同じようなお話を伺った
ことがあります。東京女子医科大学は、医師や教授やティーチングスタッ
フは男性が多いのですが、小児科には女医さんが多く勤務していました。
女医さんや看護師さんが結婚されて子どもをもたれたとき、私は折にふれ
て「病院の仕事を終えて一歩外へでたら一回深呼吸をして、さあ、これ
からの時間はお母さんになるんだ、というふうに気持ちを切りかえて家へ
帰るといいですよ子どもは、お医者さんに帰ってきてほしいと思ってい
るのではなく、お母さんに帰ってきてほしいわけです。お母さんを待って
いるのですから」と、医局などで雑談のようにお話をしていました
 また、「私は、子どもが小さいときには、自分が自衣を着た写真は、家
には一枚もおきませんでした。家に聴診器をもって帰ることもしませんで
した子どもが熱をだしたら、父親ですから、子どもをあたたかくくるん
で、自転車に乗せて病院へ連れていくということはよくやりました。だけ
ど、自分では治療しませんでした親は親でいようということを、自分は
大切にしたつもりです」というようなことを、女医さんや看護師さんにお
話したのでしょう。
 ここのところ、思わずうなづいてしまいました。「親は親でいようということを、自分は
大切にしたつもりです」というくだりは、佐々木先生ならではの親の在り方についての覚悟だと思いました。私には、とうていまねできませんでした。
 私がお話していたことを、何度もお聞きになっていた方がいたのでしょ
うね。「佐々木先生とご一緒したことが、こんなによかったとは思わなか
った。あのとき、先生からお話を伺いましたときは、そんなものかと思い
ながら仕事をしていましたが、自分の子どもが生まれ、大きくなるにつれ
て、こんなにいきてくるとは思わなかった。もし先生のお話を聞いていな
かったらと、ときどきぞっとすることがあります」と、二人の女医さんか
らお手紙をいただきました。
 これはどういうことでしょうか。簡単にいいますと、一般的に子どもは
お母さんを信じるところから、社会的な人間関係の発達をはじめます。運
動面の発達が首がすわるところからはじまるとしたら、社会的人格形成の
発達は、人を信じるところからはじまるのです。そして、そのスタートは
妊娠中、胎児としてお腹にいるころから、もうお母さんとの関係がはじま
っているのですね。
 イタリアでは、胎児期の研究がとても進んでいるのですが、脳の働きを
外から観察できる機器の発達で、そういうことが確認できるようになりま
した。生まれた直後の赤ちゃんは、お母さんの声にはとても敏感に反応し
ます。しかも、お母さんの母国語(イタリア語)に豊かに反応するのです。
赤ちゃんはお腹のなかで、お母さんの日常の言葉を聞いているのですね。
 お父さんの話しかけにはほとんど反応しません。じゃあ、赤ちゃんは女
の人の声が好きなのかといいますと、看護師さんが話しかけても反応しま
せんでした。大変なものですね。もう人見知りをしています。平均三八週
くらいお腹のなかにいるあいだに、子どもはお母さんを識別しているので
す。
 研究者はすぐに実験をしました。お母さんに、にわか勉強のフランス語
やドイツ語で話しかけてもらいましたが、赤ちゃんはほとんど反応しませ
んでした。もっといろいろなこともわかってきました。お母さんが妊娠中
によく歌っていた歌がどれだけ子守歌として価値が大きいか意味が大き
いかということです。もし、お近くにこれから妊娠される人がいらっしゃ
ったら妊娠中から育児がはじまるのですよ、といってあげていただきた
ですね。妊娠中からもう育児がはじまっていて、生まれてからはじまる
のではないのです。
 職場には、若い保育士さんがたくさんいますし、子育て教室でも、次のお子さんを考えているお母さんや、妊娠中のお母さんもいます。妊娠中から育児がはじまっていて、生まれてからはじまるのではないということを、折に触れてお話ししようと思います。
 エリクソンは「お母さんが赤ちゃんと一緒にいることを幸福に感じるこ
とができたら、赤ちゃんもお母さんと一緒にいるときが幸福です」といっ
ていますが、お母さんには妊娠中からそんな気持ちをもって、両親で子ど
もの誕生を心待ちにしていただきたいと思います。
 エリクソンの言葉、とても素敵です。そして、結びの文章のようなお母さんや、両親になってくださることを願いたいと思います。お付き合い、ありがとうございます。続きます。
関連記事
コメント
非公開コメント