「完 子どもへのまなざし」を読む 41 - かわいがり子育て

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「完 子どもへのまなざし」を読む 41

五 発達障害の特性 (続き)
時間と空間の意味が理解できない
 自閉症スペクトラムの人は、視覚的、具体的、個別的に意味や概念をと
らえるので、見たものを見たとおりに覚えることは、一般の人よりも能力
が高いです。一方、目に見えないものに意味をもたせることや、具体的で
ないものを理解することは苦手です。ですから、話し言葉を理解するのが
むずかしいのと同じように、時間と空間の意味を理解することが困難で

 イギリスで高名な自閉症の学者のローナ・ウィングさんは、アスペルガ
ー症候群という呼び名をつけた人で、非常に重い自閉症のお嬢さんのお母
さんでもあります。自閉症の研究や臨床実践のほかに、英国自閉症協会
(親の会)の発展に大きな貢献をしてきた、文字どおり、世界の自閉症
の母として知られています
 ローナ・ウィングさんは、著作のなかで「自閉症では過去の経験か現在
の経験かを認識できないので、時間や空間を理解することが非常に困難で
と書いています。ようするに、時間と空間が、私たちが思っているよ
うな意味をもたず、そのなかに自分を位置づけられないということです。
では、時間と空間のなかに自分を位置づけられないというのは、どういう
ことでしょうか。
 自閉症と認知症は全然ちがいますが、時間と空間が意味を失うというこ
とでは、よく似ている部分があります。時間と空間が意味を失うとはどう
いうことか認知症の場合を参考にして考えてみたいと思います。認知症
の人が空間の意味を失う最初は、迷子になるところからはじまります。い
つものとおり散歩に行ったおじいさんが、道に迷って保護されて連れて帰
ってもらいます。家族は、いままではそんなことはなかったのに、おかし
いなと思いながら、今度は注意をして行っていらっしゃいと散歩に送りだ
しますが、おじいさんは、また迷子になって保護されて帰ってきます。い
つもと同じ道を歩いているようでも、おじいさんは、知らないうちに空間
の意味を失ってしまったわけです。
 そのうち時間の意味も失いはじめ、きょうは何月何日とか、自分の年齢
とかもわからなくなってしまいます。さらに、食事が終わって片づけがす
むと、「さあ、そろそろご飯にしてもらおうかなんていいはじめるよう
になります。こういうところから、時間の意味を失いはじめるのです。そ
して、今度は人の意味を失い、家族がわからなくなりあんた、だれ」と
いいはじめるようになります。このように時間の意味を失い、空間の意味
を失い、人の意味を失うことを見当識障害といいますが、認知症の人
は、いったんは身につけたそれぞれの意味を、こういうふうに失っていく
のです。
 このように時間と空間が意味をもたなくなる状態は、けっして同じでは
ないですが、認知症と自閉症でよく似た部分があります。けれど、認知症
はもっていたものが失われていくということですが、自閉症の人は、最初
から時間と空間の意味の持ち方が、私たちとちがっているということで
す。そして自閉症の人は、時間と空間に意味をもたせることが非常にむず
かしいのです。
 前にご紹介しました、高機能自閉症、アスペルガー症候群のテンプル・
グランディンさんも、ドナ・ウィリアムズさんも共通していっていること
、「学校へ行ったときに廊下と教室の境界線がずっとわからなかった
ということです。もっと極端な場合には、校舎と運動場とのあいだの境界
線、さらに運動場と外の街路との境界線の意味がわからないこともあった
いっています。
 私たちは「あの子は、よく教室からふらふら廊下にでて行ってしまう
という言い方をしますが、こういうことが自閉症の子どもにはたくさんみ
られますこの子たちは空間の意味をよく理解できませんから、教室と廊
下のちがいがわからないまま、ただ動いているだけなのです。自閉症の子
どもは、これをするときはここで、あれをするときはあそこで、というこ
とを具体的に、習慣的に目に見える形にして教えられていませんと、空間
の意味を理解することが非常に困難なのです。
 自閉症の子どものなかには一つの空間が多目的に利用されると、場所
の意味が理解できず混乱する子がいます。ついさっきまで、自由に飛んだ
り跳ねたりして遊んでいた場所が、勉強の時間になったから椅子に座りな
さいといわれても、この子たちはなぜ急に座らされるのかがわかりませ
。ですから、すぐ立ち上がってまた飛んだり跳ねたりします
 ですから、着がえをするのはいつもこのコーナー、自由に遊んでいいの
はこの場所というように、一つの場所を一つの目的のために使いますと、
この子たちは、どこの場所がどんな意味をもっているのかわかるようにな
り、落ち着いてきます。たとえば着がえのコーナーなら、その場所にシャ
ツの写真か絵を貼っておいてあげると、もっといいです。同じ絵の貼って
あるところへ行って着がえをするだけで、この子たちはどんなに安心する
かわかりません。
 家庭、保育園、幼稚園、学校で、この子たちに、一つの場所を一つの目
的に使わせてあげることができればいいのですが、なかなかむずかしい
しょうね。そういうことができない場合でも一つの場所に線を引いてあ
げたりカーペットを敷いてあげたり、衝立や家具をおいて仕切りをつく
ってあげる。そして、こちらは勉強する場所で、ここから向こうは遊ぶ場
所だというふうにして、どの場所がどんな意味をもっているのかを、わか
るようにしてあげるといいです。場所と活動目的をひと目見てわかるよう
に、はっきりと一対一で(個別的に)結びついていれば、彼らは安定した
適応をすることができます
 一般の子どもたちは時間の概念が明確ですから、さあ、いまからお勉強
の時間です、いまからお休みの時間です、いまから給食の時間ですという
ように、同じ場所でも、時間単位でいろいろなことをやっていくことは平
気です始まりと終わりという概念をもっていますから、もうすこしやっ
ていたいと思っても、納得してつぎの行動に移ることができるのです。
 ところが自閉症の子どもは、そこがとてもむずかしいのです。この子た
ちには、始まりとか終わりという概念はありませんから、同じ場所で、い
ままでやっていたことが終わり、これからこういうことがはじまりますと
いってもわかりませんいままでやっていたことから、つぎの行動に移る
ためには、場所を変えて、つぎにこれこれをしますと教える必要があるの
です。ただ「もうおしまいといわれるだけだと、この子たちは禁止され
たような気になり、混乱してしまいます
 北海道教育大学の函館附属養護学校の先生方は、大変すぐれた自閉症教
育をなさっています。教室で勉強をしていると、チャイムが鳴って給食の
時間になりました。本当は、食堂が別に用意されていて、子どもたちを食
堂に連れていくのが一番いいのですが、食堂はありませんから、教室の勉
強机で給食を食べることになります。そうしたときに、子どもたちに、こ
の場所はいま、勉強する場所ではなくって、給食を食べるところですよ、
ということを明確に示してあげる必要があります。
 そこで、先生方は勉強机の上にランチョンマットを敷いて、ここにラン
チョンマッ卜が敷かれたら、教室は食堂に変わりますということを教えま
す。ランチョンマットが取りはずされたら、プレイルームに変わるとか勉
強の場所に変わるとか、その都度、ちゃんと教えているそうです。このよ
うに、時間の経過によって空間の意味も変わることを言葉で説明するので
はなく、非常に具体的に、習慣的に目に見える形にして教えることによっ
て、一つの場所をほかの目的に使っても、生徒が混乱することはないとい
うことを実践的に実証しました。
 自閉症の人は空間の意味だけではなく、時間の概念になるとさらに混乱
が大きくなります保育園や幼稚園のころの年齢の子どもにとっては、時
間というものは見えない概念ですから、ほとんど意味をもちません。です
から、この子たちは、休み時間になりました、お勉強の時間になりました
といわれても、なかなか理解ができません
 また、この子たちは家庭での生活にしろ、保育園、幼稚園、学校での生
活にしろ、日々の予定やスケジュールが予告されていないと、安定した状
態で一日をすごすことができませんいつもとちがったり、予期しないこ
とがおきると、多くの子どもは不安になります。だから、日ごろ慣れ親し
んでいるものや、決まった活動に強く固執して、気持ちを安定させようと
しているのです。
 ただし、高機能自閉症の子どもが小学校高学年から中学生くらいになる
と、時間の概念を私たちと相当近い意味としてもつことができるようにな
ってきます。そして、時間という見えないものを、見えるものに自分で工
夫するようになります。私は、新聞のテレビ番組欄を時計代わりにして持
ち歩く少年と、各地で何人も出会ってきました。少年たちはいろいろと努
力した結果、こういう方法にたどり着いていったのだと、しみじみ思いま
す。
 新聞のテレビ番組欄を持ち歩いている少年たちは、どこでもテレビがあ
ると、すぐスイッチを入れて、いまやっているテレビ番組を確認するので
す。テレビを見ると、いま、テレビ番組欄のどこをやっているかわかりま
す。番組欄の上のほうは早朝で、真ん中がお昼でといったように、だんだ
ん時間が経過していくにつれて下になります。私たちの時間の概念におき
かえると、十何時間分の砂時計に近いのかもしれませんね。
 そして、どの少年も申し合わせたように、NHKの教育番組を見ていま
した。なるほどと思います。教育テレビなら、パターンが決まっていてわ
かりやすい。何曜日、どの時間帯にどういう番組をやっているという型
が、はっきり決まっています。それに教育番組には臨時ニュースなどもめ
ったに入らない。予定が狂わないのです。野球のナイター中継などは、ま
ず教育テレビではやらないでしょう。けれど、甲子園の高校野球はときど
きやりますから、その時期は苦しんだでしょうね。そういうふうに、目で
見える形に時間の概念を変えようとする、つくろうとしているのです。涙
ぐましい努力だと思われませんか。
 自閉症の人たちに寄りそう人は、家庭でも、学校や職場でも、一人ひと
りの能力に応じた毎日の予定表を、かならず用意してあげなければなりま
せん。多くの自閉症の人は、視覚的な情報のほうが意味や概念をつかみや
すいので、口頭で予定を伝えるよりも目で確認できる文字で伝えたほうが
いいと思います。文字の理解が不十分な人であれば、絵や写真で、それに
文字を組み合わせるなどの工夫をして、予定表の時間の推移と、そのとき
どういう学習や活動をするのか具体的に提示してあげることによって、時
間や空間への適応が安定したものになります。
 このように、自閉症の人たちと私たちは、共有し合う文化の意味や概念
のあいだにあるギャップを、ていねいに埋め合わせる努力をしながら、豊
かな共生をめざすことが必要だと思います。
 今回も、発達障害の人の特性についてです。保育園に相談に行きますと、教室から飛び出してしまうという相談をよくうけます。教室と廊下の区別がついていないのかもしれないということを、保育士さんにもよく理解していただき、対応をいっしょに工夫できるよう頑張らなければとあらためて実感しています。
 次回の節も楽しみです。お付き合いよろしくお願いします。続きます。 
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