「完 子どもへのまなざし」を読む 42 - かわいがり子育て

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「完 子どもへのまなざし」を読む 42

五 発達障害の特性 (続き)
決まっていることはきちんとできる
 スウェーデンの高機能自閉症の人で、『ずっと〈普通〉になりたかった
という、わが国でも翻訳された本の著者としてもよく知られている、グ
ニラ・ガーランドという女性がいます。その方が、子どものころのことを
こんなふうに書いています。
「自閉症である私は、自閉症でないほかの人とは、かなりちがうというこ
とがだんだんわかってきました。わかってきたけれど、みんなの世界も理
解したいと思いましたから、一生懸命努力してきました。そして理解する
ためには、私自身の理論が必要だと思いました。自分の理論に照らし合わ
せなければ、みんなの世界がわからないから、いつも理論を探していま
す。
 以前は、いつも三歳年上の姉のカースティンが、私のそばにいました。
ところが、昼は姉が消えてしまうようになりました。どうして姉が消えて
しまうのか、その理由を理解したくて、私はいろいろな理論を考えまし
た。
 あるとき、自分が居間にいたら、居間にある、あらゆるものが一定の形
に見えました。太陽の光がカーテンをとおして、部屋のなかにさしこんで
いました。ふっと目をそらしたら、机の上に灰皿がおいてあり、その灰皿
の横には新聞がおいてありました。こういう一連の居間の様子を、自分の
目でたしかめることができたとき、カースティンが学校から帰ってきまし
た。そのとき私は、カースティンが学校から帰ってくるためには、つぎの
日も、居間の状況が同じになっていなければならないと思いついたので
す。
 翌日、私は居間の状況を、前の日と同じように整えましたが、カーステ
ィンは帰ってきませんでした。それはひどく心の痛むことでした。私はま
た、カースティンが学校から帰ってくるときの、新たな理論探しに心をく
だかなければならなかったのです」。知的な発達がいい高機能といえど
も、自閉症の人の生きづらさが、みごとに表現されています。
 自閉症の人たちは、しばしば机の上におかれたり、壁にかけられたりし
たカレンダーの位置に、強いこだわりを示すことがあります。また、どこ
かへ行くような場合に、決まった道順を通らないと、ひどく怒ったり苦し
んだりすることがあります。この人たちは、目で見えないものを頼りに生
きていく力は、とても弱いのですとくに、小さいときはいっそうそうな
のです高機能でない人はさらにその傾向が強いのです
 ですから、目で見えるものを手がかりに生きていこうとします。習慣や
日課になっていること、あるいは、そういうふうに予定がはっきりしてい
る生活をするのが大好きです。それをパターン化されているといいます
が、そういう意味では、パターン化された生活が好きなのです。そのパタ
ーンにあまりにもとらわれすぎると、日々の生活に発展性がありませんか
ら、すこしずつ習慣や日課の内容を広げることが大切です。けれど、あく
まで基本は習慣や日課を大切にするべきです。それをくずしたやり方は、
よほどやむを得ないとき以外は、可能なかぎり避けて、習慣や日課の内容
や種類を徐々にふやしていくはうがいいです。
 自閉症の子どもたちは、習慣や日課になっていることならちゃんとしま
それがお手伝いなのか遊びなのかわかりませんが、学校へ入って何年
生かになるころには、ごみをちゃんとだしに行くとか、いろいろなことを
してくれます。そして、習慣や日課になっていることはよく覚えます。水
曜目にはどういうごみを分別して、どこへだすとか、何曜目にはどういう
ごみをだすとか、とても正確に覚えます。ある程度、家族の人がごみを分
別しておきますと、その子は学校へ行く前に、ちゃんとごみをだしていく
ことができるようになります。ごみをだす曜日が変わったりすると、大き
な混乱がおきますが、また新しい習慣を身につけてやってくれるようにな
ります。
 その子がもっと大きくなってきますと、家のなかで自由に遊んだり手伝
いをしたりするようになります。私たちは、いま、この子は遊んでいると
か、手伝いをしているとか、勝手にわけて見ていますが、本人には、手伝
いと仕事と自由遊びの区別はほとんどありません。けれど、いろいろ教え
ていくと、たくさんのことができるようになってきます。たとえば、浴槽
を洗ってから水をかけて流し、栓をして水をいっばい入れて、自動点火の
スイッチをつけて、ときどき、お湯をかきまわしながら、温度計で何度に
なったら火を止めるというようなことを教えると、三年生でも四年生で
も、お風呂の管理を一人でやってくれるようになります。
 みなさんは、もしそういうことができる子どもがいたら、手伝いや仕事
ができるようになったと思うかもしれませんが、本人がそういう気持ちで
いるかどうかは、私たちにはよくわからないことです。あるお母さんから
お聞きしたことですが、日課にお風呂の管理を任されていた子どものお話
をご紹介します
 あるお母さんが遠足の日にお風呂をたてさせるのは大変だし、それ
に、その子が遠足から帰ってきたら、すぐにお風呂に入れるようにしてあ
げようと思って、自分でお風呂をたてて子どもの帰りを待っていまし
。ところが、遠足から帰ってきた子どもはすごい勢いで怒ってわめき
ちらしたそうです。その子は日課になっている、お風呂掃除と、お風呂を
沸かすことを楽しみに帰ってきたのです。その子にしてみれば水遊びの感
覚なのです。自分がやりたいことを親が勝手にやってしまったということ
は、自分にはやらせてくれない、禁止されたと、その子は感じたのでしょ
ね。それで、せっかくたてたお湯を流してもう一度たて直しました。そ
の子は、そうしないと納得しなかったそうです。
 自閉症の子どもたちは、そういうふうにして生活しているわけです。そ
んなとき、私たちはただ意味のない、あるいは病的なこだわりとして片づ
けがちですが、それはとんでもない無理解で、思いやりのない態度です。
その子にとっては意味のある行動なのですから、できるだけその行為を受
容するようにしながら、私たちの要望もむりなく伝える努力や協力が必要
なのです。どうぞみなさん、自閉症の人たちを本当の意味で思いやってい
ただきたいと思います。
 また今日も、なるほどそうなんだが続きます。遊びとお手伝いの区別もしていないのかもしれないというあたりは、考えたこともありませんでした。自閉症の人たちを理解するということのむつかしさ、思いやることの大切さを感じます。続きます。
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