心を軽くする言葉 39 - かわいがり子育て

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心を軽くする言葉 39

第2章 すべてが腑に落ちる「ものの見方」 の
 5 すべてを受け入れる考え方 から
 * 「偶然」は宇宙の意志 の一節です。
    人の目を気にすることが「謙虚さ」ではない。
    偶然が二つ重なったら、
    そこには何か宇宙的意志がある。
   それに素直に従うのが「謙虚さ」。

     *****
 私は、事故にあうことも、病気になることも、死ぬことも、
 仕事に関することも、財産に関することも、
 すべて宇宙まかせ」、あるいは「神さま任せ」にしています。
「好きにしてください」という状態で流れをすべて受け入れるようにしています。

 ある示唆があったり、暗示的な偶然が重なったりすることがあります。
 たとえば、地方に行くので宿泊先を探していたら、
 偶然テレビでその地域の宿が紹介されたりとか。
 そういう示唆に対しては抵抗しません。
「こうしてみたら」という宇宙的示唆を感じたら必ずそのとおりにする。

 生き方、仕事、方向などのすべてにおいて、
 私はそういう「流れ」を指針としてきました。

 宇宙からの示唆を素直に受け、
 自分の好き・嫌いなどという感情や価値基準を二の次にする。
 これが私の言う「謙虚さ」です。

 それは、宇宙的意思に従って、
 ただ流れに任せてイカダで下っていくようなもので、
 そこに「迷い」は生じません。

 このように、
 宇宙からの示唆を素直に受け入れるほど、
 宇宙はどんどん示唆をくれるようになってきます。

 もともと、宇宙が示してくれる方向は、
 すべては自分用意して設計したものですから、
 悪いようになってはいないのです。
     **********
 今日のお話は、私にはよく理解できないお話です。小林正観さんが例え話に挙げておられる「地方に行くので宿泊先を探していたら、偶然テレビでその地域の宿が紹介されたので、そこに宿泊されたということでしょうが、そういうことは、私自身も経験がありますし、よくあることではないかと思います。それが、「宇宙的示唆」と言うものですというのは、そういう風に考えてみるのもありかなと、思います。私が、今回理解しにくいのは、最後の段落の、「もともと、宇宙が示してくれる方向は、すべては自分が用意して設計したもの」というくだりです。すべて、自分が用意して設計したものであるなら、なぜわざわざ、宇宙の意志とか宇宙的示唆などのように言い換えなければならないのかという点です。
 小林正観さんのお話は、とにかく、まずはやってみよう、実行してみようと思うことが多いのですが、今日は、私にとって腑に落ちる「ものの見方」にはなりませんでした。また、改めて読み直してみます。ご示唆、ご助言をいただければ嬉しいです。ありがとうございます。

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