育(そだてる) 6 - かわいがり子育て

かわいがり子育て ホーム »  » 育(そだてる) » 育(そだてる) 6

育(そだてる) 6

1 お母さんの愛が、子どもの無限の可能性を伸ばす
  これだけは知っておきたい「お母さんの心得」
                ソニー・ファウンダー 最高相談役 井深 大
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 * お母さんの心得 ⑤
 お母さんだからこそ、子どもをりっぱな人間に育てられる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 世に天オといわれる人たちは、たくさんいます
 たしかに、彼らはずば抜けたオ能の持ち主で、社会の進歩や人類の幸福のために大きな貢献をしました。しかし、その反面、情緒が不安定だったり、体がひ弱だったりしたため、自分自身の生涯が、かならずしも幸せだったとはいえない人が多いのも事実です。

 いうまでもなく、この人たちが生まれつきの天オであったわけでもないし、生まれつきの性格破綻者や虚弱体質者であったわけでもありません。
 どうやら、その原因をつきつめていくと幼児期における家庭教育につきあたります。 つまり、彼らの親たち、とくに父親がきわめて教育熱心だったことです。父親が博学で教育熱心であることは、けっして悪いことではありません。こうした父親がいたからこそ、人よりはるかにすぐれた能力が育ったのだといえましょう。

 しかし、教育熱心のあまり、子どもが遊んだり、ほかの子どもと交際したりすることを禁じてしまったのです。幼児期における社会的、肉体的訓練が欠如していたために、片寄った天オに育ってしまったのです。
 その一例として、『パンセ』を著わしたフランスの偉大な哲学者、パスカルをあげることができるでしょう。

 パスカルは父親から徹底的に家庭教育を受け、将来に大きな期待をかけられていました。父親は子どもの教育に専念するために、これまで勤めていた官吏の職をやめるほどでした。父親は、地理、歴史、哲学、語学、数学などを、単なる知識の詰め込みではなく、つねに自分で考えるという一貫した教育方針のもとで慎重に行ないました。

 そのかいあってか、パスカルは後年、数学者として、物理学者として、あるいは宗教哲学者としての実力をいかんなく発揮しました。『パンセ』の中の一節、「人間は一本の葦にすぎない。しかし考える葦である」という言葉は、だれ一人知らぬ人はいないでしょう。

 しかし、三十九歳で亡くなったこの偉大な天オが、十八歳のときから一日として安らかな日はなかったと告白していることは、意外に知られていないようです。
 三歳のときに母親に死にわかれたパスカルは、母親の愛も知らず、同年齢の子どもとの交流もなく、ただただ父親の厳しい教育のもとに育てられたのです。これがパスカルに、肉体的にも精神的にも大きな障害を与えたことは否定できません。

 異常な天オは、父親の手で育てることはできるかもしれません。しかし、精神的にも肉体的にもバランスのとれたりっぱな人間は、母親の手がなければ、育てることはできないのです。私が、幼児教育を実践できるのは母親しかないと主張するのはそのためです。

     ********** 
 週明けです。明日から二月、間もなく立春ですが寒さは和らぐ気配はなさそうです。むしろ寒さは厳しくなるという予報のようです。今週も頑張ろうと思いますので、お立ち寄りいただければ嬉しい限りです。
 今日のお話ですが、異常な天才が父親の手で育てられた例が少なくなさそうだという指摘については、今まで気にしたことがありませんでしたが、そうかもしれないと感じ入りました。
 井深さんの目指す幼児教育が、少しずつ明らかになってきている気がします。精神的にも肉体的にもバランスのとれたりっぱな人間を育てられるお母さんになって欲しいという願いでしょうか。りっぱな人間のイメージは人それぞれでしょうが、最初のお話で言っておられた、子育てに思いを強く持って欲しいということについては、全く同感です。

関連記事
コメント
非公開コメント

トラックバック

https://weareok.blog.fc2.com/tb.php/579-e50d0cc6