育(そだてる) 61 - かわいがり子育て

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育(そだてる) 61

5 赤ちゃんはいつも"学んで"いる
                                                       ソニー・ファウンダー 最高相談役 井深 大
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 * 傑出した能力と温かい人柄は、相容れないのか
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  たしかに、偉大なオ人の人生の多くは、几人の願うべくもない豊さ、深い幸福を味わうものであったと同時に、ある面ではひじょうに波瀾に富んだ、精神的に人と違った苦しみを味わうものでもあったようです。

 はじめに例としてあげたモーツァルトも、いろいろな重病に悩やまされ、父親の死後は乞食同然に落ちぶれ、追跡妄想を伴ううつ病に悩まされつづけなら、三十五歳で夭折しました。その死因ははっきりわからず、尿毒症、毒殺、脳病などの諸説があります。
 ベートーベンは強度の酒癖があり、五十二歳で黄疸にかかり、五十三歳のときには吐血し、五十七歳で世を去りました。意識が失われる直前に、「拍手したまえ、諸君、これで喜劇は終わった」とラテン語で辞世の言葉を残したと伝えられています。
 パスカルも二十九歳の若さでなくなりましたが、お姉さんに、「自分は十八歳のときから一日として悩まなかった日はなかったと語っていたそうです。

 オ能教育論を書いておられる黒田実郎さんは、その著書に、いろいろな天オが育てられた家庭と、その晩年までを詳しく書いておられますが、たくさんの事例を調べて、「芸術や学問の天オたちは、親の期待で極端な英オ教育を受け、その結果、偉大にはなったが、それが災いして心身の健康を損ない、不幸な生涯を送ったものが多いと述べておられます
 天オに変人が多いことはよくいわれ、それが几人たらぬところとして敬意の対象になるものですが、黒田さんのような見方をしていくと、天オの苦しみも他人事でなく感じられる気がします。
 黒田さんの本の中には、英オ教育とはいえないまでも、親が特異な育て方をしたために、傑出した人物にはなったが数奇な人生を送るハメになった、という人物の例もあげられています

 たとえば、イギリスの文豪ジョン・ラスキンは、敬虔な清教徒であった母親によって手あつく育てられました。彼の母親は、すべての遊びを罪とみなして、幼いラスキンにおもちゃをまったく与えませんでした
 また、毎朝数時間は、息子といっしょに聖書を読み、父親は息子に詩を読んで、それを朗読させました。
 当時、小学校は義務制ではなかったので、ラスキンはほんの数力月しか学校に行かず、彼の教育はほとんど家庭でなされました。
 彼は十八歳でオックスフオード大学に入学しましたが、母親は強引にも大学の近くに部屋を借り、息子の生活を見守りつづけ、三年間も夫をロンドンに残したまま、オックスフオードの町に住んだのだそうです。
 彼は、結局、満足な結婚生活も経験することができず妻に逃げられ、晩年に、「私が受けた教育は、一般的にいって間違っていたし、不幸なことであったと述べています。彼は成長してから何度も発狂し、とくに死ぬまえの一年間は激しい錯乱状態で苦しんだといいます。

 哲学者ニーチェの幼年もまた特異なものでした。彼の父は四歳のときに死に、その七カ月後に兄も死にました。病弱だったニーチェの母親は、いっしょに住んでいた夫の二人の姉にまったく支配されて暮らしました。祖母も同居していましたので、 ニーチェは女世帯の唯一の男性として、彼女たちから過剰な愛情を受けて育ちました。そして、母親に対しては絶対的な愛情を示すように期待され、母親の意のままに振る舞うことが要求されたのです。
 その結果、 ニーチェはまじめで、思慮深く、行儀の良い子どもになりましたが、風変わりなほど堅苦しい面があって、学校の規則にも絶対に従うといった子だったので、近所の悪童たちからばかにされ、母親も心配するほどだったといいます。
 彼はあまり遊ばず孤独を愛し、 一人でじっと考えごとをするのが好きでした。
 彼は、青年時代から宗教に興味を持ちはじめ、後には神を否定して、ニヒリズムの哲学書を書きました。そして四十五歳のときに発狂し、母と妹に看護されて翌年に没したのです。

 また、宗教改革者ルターの母親は、幼い息子が親の目を盗んで栗を食べたというだけで、ムチ打ちの体罰をあたえるほどの厳しい教育をした人だそうです。一介の神父だったルターが、当時専横をきわめたローマ法王レオ一〇世に向かって反抗を示したというのは、われわれの想像以上に勇気のいる行為だったはずです。
 しかし、彼には、そのような強い正義感の持主に育った反面、病的といえるくらい神経質な傾向があって、成入してからは女性恐怖症に陥ったといわれています

 新教の一派、メソジスト派の開祖となったイギリスのジョン・ウェスレイも、幼いころ母親から極端に厳しいスパルタ教育を受けました
 彼女の生んだ十七人の子どもたちは、みなきちょうめんで、礼儀正しい人間になりました。しかし、十七人の彼らの結婚生活のほとんどが不幸であったという事実は、あまりにも厳しい母親のしつけが、家庭生活に不向きな人間をつくりだしたのではないかと思わせるのです。
 メソジストという宗派の名称は、ジョンがオックスフオードの神学生であったころに、あまりにも規則正しい生活をしたので、周囲の人たちが彼のことをメソジスト(規則正しい人という意味)というニックネームで呼んだのが始まりなのだそうです。
 結局、極端に厳しい教育は、温かい家庭人を育てるには不向きであったかもしれないが、彼はひじょうに立派な仕事をしましたし、意志強固な宗教家や政治家をつくりだすにはおおいに役立ったのだと、黒田さん述べています。

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 週明けです。今日のお話は前回の、英才教育も含めて、子どもたちに対する「早教育大きな問題点は、効果があるすぎること」の具体例の続きの項となっています。黒田実郎さんの才能教育論の「親が特異な育て方をしたために、傑出した人物にはなったが数奇な人生を送るハメになった」という人物の例がたくさん挙げられています。次項もその問題についての井深さんの考え方が話されています。早教育の抱える問題を踏まえながら読んでいきたいと思います。
 今週もお付き合いよろしくお願いいたします。
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