育(そだてる) 63 - かわいがり子育て

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育(そだてる) 63

5 赤ちゃんはいつも"学んで"いる
                                                       ソニー・ファウンダー 最高相談役 井深 大
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 * 早教育のほんとうの目的とは
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 私が、三十年近くまえから幼児教育に情熱をかけてきた最初の理由は、まえにも述べたように、「手遅れの後始末の教育に苦労する現状が残念でしかたがなかったからです。
 本にも書きましたし、だいぶほうぼうで説いてきましたから、私の言葉が、日本での早教育や英オ教育という考えに火をつけた発端のひとつである、といわなければならないでしょう。
 もちろん、あまりにかたよった早教育が弊害を生みやすいということは事実でしょう。
 そのために、私が『幼稚園では遅すぎる』という本を書いたり、「0歳からの教育」を提唱するなどは、教育者にとってとんでもないものと思われたようですし、私が英オ教育熱をあおった責任者であると思っているかたもおられるかもしれません。
 しかし、弁解するわけではないのですが、三十年近くもいろいろとやってくると、だんだんはっきりしてきたこともあり、その考え方もかわってきたところもあります。そのあたりの経緯を述べたいと思います。

 「世紀の天オ」「天オ現われる」などと、傑出した人のことを大騒ぎしますが、環境を整えてうまく能力を育てていけば「天オをつくる」のは可能です。早い時期から子どもの能力を最大限に発揮できるような配慮のもとで、正しい指導と合理的な訓練を意図的に行なえば、子ども自身の能力の範囲や身体的な規制はあるにしても、ふつうから見れば驚くほど高い能力を育てることは、そんなにむずかしいことではないのです
 ただし、この章で述べたような実例を考えると、カール・ウィッテは特例として、特別な早教育は、まかり間違えばその人の一生を台無しにする危険さえ包含しているといえそうです。

 早教育について述べるにあたってこの「危険」についての私の考えを述べようと思います
 いわゆる傑出した人たちの人生が、たいへん波瀾に富んだもので、常人の域を脱したものだったのは、そういう人たちの受けた早教育が知的な効果、あるいはあるひとつの技能の習熟にのみ焦点が絞られていたからだ、ということです。
 知的に秀でるためにはどうしたらよいのか、特殊な技能を身につけるにはどんなやり方がよいのか、ということだけを、親も専門家も追究してきたのではないでしょうか
 カール・ヴィッテのように、人から愛されるというようなことにも配慮して育てられた例は、きわめて少ないのです。
 つまりいままでは、子どもの能力についての認識が不完全だったこともあって、早教育の目的がかたよっていたと思うのです。

 知的発達は後からでも努力できるけれども、心の問題をはじめとして、時機を逃すと後ではどうにもならないものがあるのです。
 しかし、心は自然に育つとか、カエルの子はカエルぐらいの認識で、いつのまにか一人の人格ができあがると考えてしまうのが世のつねです。残念なことに、早教育をしようという親も、そうでない親も、わが子の心が育つことに対して特別な注意を払うということは、知能を育てることに比して十分意識していなかったようです。

 私がこのごろ切実に感じることは、日本では、どうも知的教育はつぎのつぎの問題に先送りして、温かい人柄と健やかな体づくりのほうを第一に考えてちょうどよいのだということです。
 今後どんどん文明や技術が進み、 コンピュータなどの機械が人間にとって代わってこなしていく部分が多くなるでしょう。そうなると、ますます知識や分析的なものよりは、人間的なものが物をいう時代になるに決まっています
 どれだけの知識を持っているかということより、調和のとれた人格、温かい心を持った人づくりということを早教育の目的に掲げなければならないのです。そのためには、「めざましい効果のある早教育も、従来とはまったく異なった立場で考えなおさなければと思うのです。

 ひとつ興味深いことにいままでにあげた早教育の例は、ほとんど全部父親によってなされています。それもみな、相当厳しい仕込まれ方をしています。
 たしかに、知的発達や技術の習得には、父親の力だけでも十分であると思います。しかし、早教育の目的を人づくりに置くとしたら、端的にいうと、まず母親の優しい愛情を注ぐことが何よりも優先するということになります。
 私がいわなくても、母親の愛情など当たりまえのことと思われるかもしれませんが、そこには知的な早教育に注ぐエネルギーや、もっと先で学校教育に頭を悩ます以上のものが必要とされるのです。つまり、当たりまえのことだからなおざりにするのではなく、当たりまえだからきちんとすることがだいじなのです

 本来ならば、知識よりは心、そして、「健全な身体に健全な魂は宿るということで、「体育}のことから申し上げたいのですが、「体育」に関してはまだまだ世の中の認識が低く、私自身も残念ながら十分なデータを持ち合わせていないので、材料のそろっている心の問題から述べようと思います

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 早教育イコール英才教育とつい考えがちですが、早教育の本当の目的とは何かという井深さんが一番おっしゃりたかったことについてのお話です。早教育は驚くほどの効果をあげうるが、今までの項で取り上げられた多くの天才・偉人が常人の域を脱したものになったのは、その目的がかたよっていたのではないかということです。井深さんの目指す、早教育の目的を人づくりに置くとしたら、端的にいうと、まず母親の優しい愛情を注ぐことが何よりも優先するというお話です。具体的にどのように優しい愛情を注いでいけばよいのか、その辺が明らかになっていくのでしょうか。期待しながら読んでいきたいと思います。
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